大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和48年(ワ)1807号 判決 1976年1月27日

原告

千葉達子

被告

日本国有鉄道

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

原告訴訟代理人は、「被告は、原告に対し、金一、八〇三万九、三二〇円及び内金一、六四三万九、三二〇円に対する昭和四五年三月二五日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は、被告の負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求め、被告指定代理人は、主文同旨の判決を求めた。

第二請求の原因等

原告訴訟代理人は、本訴請求の原因等として、次のとおり述べた。

一  事故の発生

亡千葉季夫は、昭和四五年三月二四日午後三時三四分頃、被告品川駅構内において、荷物運搬中京浜東北線南行電車(運転士島田清次)に轢過され、死亡したが、これを詳述すると、次のとおりである。すなわち、

(一)  本件事故当時、亡千葉は、被告の鉄道技術研究所(以下「研究所」という。)信号研究室に勤務しており、被告が昭和四五年三月二三日から同月二五日までの予定で品川駅構内において実施した転てつ転換鎖錠装置振動試験に従事し、本件事故当日は、亡千葉のほか、研究所の主任研究員古渡汪、同室員町田幸一、同鹿間政男及び被告品川信号区品川信号支区職員牧田亘弘、二反田暁生の五名が右試験作業にあたり、試験終了後、試験用資材を収納したコンテナ(横八〇センチメートル、縦三八センチメートル、高さ三五センチメートル、重量約五〇キログラム)二個を試験場所から品川信号支区へ運搬する目的で品川駅海側(東側)から山側(西側)に渡つて自動車に積み込むため、亡千葉と二反田とが一組(以下「千葉組」という。)、鹿間と牧田とが一組(以下「鹿間組」という。)になり、右コンテナを各組一個ずつ手に下げ、品川駅海側(東側)から山側に向け、徒歩で同駅構内第三ホーム東京方先端に接する職員通路(以下「本件通路」という。)を通つて線路を横断しながら運搬していたところ、(二) 千葉組が東海道本線上り線路(品川駅五番線線路。以下「五番線」という。)を横断して京浜東北線南行線路(以下「本件線路」という。)手前に差しかかつた際、突然、二反田が運搬していたコンテナから手を離したため、亡千葉は、コンテナの重量の影響により身体のバランスを失つて本件線路上に身体をのめらせてしまい、折から進行してきた島田清次運転の同線南行第一四一九B電車(以下「本件電車」という。)に轢過され、腹部を切断されて即死した。

二  責任原因

本件事故は、被告の職員である二反田又は古渡が、被告の事業である振動試験を執行するにつき、次の過失によつて発生させたものであるから、被告は民法第七一五条第一項の規定に基づき、本件事故により亡千葉及び原告に生じた後記の損害を賠償する責任がある。すなわち、

(一)  二反田は、重量があり、かつ、片手でしか握れない大きさの把手が両横側面に一個ずつ付いているのみで持ちにくいコンテナを亡千葉と二人で片手ずつに下げて、電車や列車がひん繁に往来する危険な駅構内で線路を横断していたのであるから、突然コンテナから手を離すようなことはせず、相運搬者である亡千葉の安全も考慮して進行すべき注意義務があるのにこれを怠り、本件電車が進行接近してくるのに気付いたためか、あるいは他の理由であわててコンテナから手を離した過失により、亡千葉は身体のバランスを失い、意に反し本件線路上に身体をのめらしてしまい、本件事故を発生させたものである。

(二)  古渡は、前記振動試験の責任者であるから、容積が大きく重量のあるコンテナを二人一組で電車や列車のひん繁に往来する品川駅構内の線路群を横断して運搬させるに際しては、通行の許されている場所を通るよう指示を与え、かつ、見張り又は先導者を配置して、横断する線路の安全を確認させるべき注意義務があるにかかわらずこれを怠り、漫然、許可なく通行を禁止されている本件通路を許可を得ずに通行してコンテナを運搬させ、その際に見張りも先導者も置かなかつた過失があり、そのため、千葉及び二反田の本件電車発見が遅れ、本件事故を惹き起こすに至つたものである。

三  相続関係

原告は亡千葉の妻、千葉虎夫、千葉辰夫はいずれも亡千葉の兄また千葉しずえは亡千葉の姉で、亡千葉の相続人は以上の四名であるところ、右四名の遺産分割協議により亡千葉の後記損害の賠償請求権は、原告が全部承継取得した。

四  損害

亡千葉及び原告が本件事故により被つた損害は、次のとおりである。

(一)  葬儀費 金三〇万円

原告は、亡千葉の葬儀費として、金三〇万円を支出し、同額の損害を受けた。

(二)  逸失利益 金一、六五二万七、一五二円

亡千葉は、死亡当時四八才(大正一〇年六月九日生まれ)であつたから、本件事故に遭わなければ六七才になるまで一九年間にわたり稼働可能であるところ、本件事故の前年である昭和四四年における同人の年収は金一二二万八、八〇七円で、同年の賃金センサス第一巻第一表産業計男子労働者学歴計四八才の平均年収金一一五万一〇〇円を上回つていたことからみて、同四五年から同四七年までは当該年の賃金センサスによる亡千葉が生存していた場合における該当年令の平均年収額(ただし、同四五年は四月から一二月まで九か月分として右平均年収額の一二分の九)を、同四八年は同年の賃金センサス第一巻第一表産業計男子労働者五一才平均年収額を、次に同四九年の年収が少なくとも前年より三〇パーセント増加していることは公知の事実であるから、同年は同四八年の賃金センサスによる右の平均年収額にその三〇パーセント相当額を加算した額を、しかして、同五〇年以降は毎年同四九年の右年収額を下らない年収をあげ得たものというべく、右稼働可能期間の同人の生活費は各年収額の四〇パーセントを超えないからそれぞれの年収額の四〇%相当額を各年収額から差し引き、以上を基礎としてライプニツツ式計算法により年五分の中間利息を控除して同人の本件事故による逸失利益の事故時の現価を算定すると、別紙第一の計算書のとおり、金一、六五二万七、一五二円となる。

(三)  慰藉料 金七〇〇万円

原告が夫である亡千葉の死亡により被つた精神的苦痛に対する慰藉料は金七〇〇万円が相当である。

(四)  弁護士費用 金一六〇万円

原告は、被告が損害賠償の支払に応じないため、本件訴訟の提起を余儀なくされ、本訴原告代理人に訴訟の提起等に関し委任したが、このために支払うべき報酬は金一六〇万円を下らないから、同額の損害を受けたことになる。

(五)  損害のてん補

原告は、被告から次のとおり(1)及び(2)の支払を受け、また、(3)の金員の支払を受けることが予想されるので、これらを以上の損害額から控除する。

(1) 葬儀費 金二一万四〇四円

(2) 日本国有鉄道業務災害補償規則による遺族補償一時金 金三〇〇万円

(3) 同規則による殉職年金 金四一七万七、四二八円

(原告は、本件事故から六年後の昭和五一年から年金として毎年金四二万五、四〇〇円を受領しうるところ、原告は本件事故当時四九才で、厚生省発表の第一二回生命表による平均余命年数は二八年であるから、この間の年五分の中間利息をライプニツツ式計算法により右年金総額から控除して現在価格を算出すると上記の額となる。)

五  よつて、原告は被告に対し、本件事故による損害賠償として、前項の損害(一)ないし(四)の合計金二、五四二万七、一五二円から同項(五)の金七三八万七、八三二円を控除した金一、八〇三万九、三二〇円及び右金員から弁護士費用を除いた内金一、六四三万九、三二〇円に対する本件事故の発生の日の後である昭和四五年三月二五日から支払済みに至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

六  被告の抗弁に対する答弁

1  被告の過失相殺についての抗弁事実は、否認する。

亡千葉と二反田とは五番線の手前において左右の安全を確認したが、その時には本件電車の接近を発見することは不可能であつたし、その後、電車の進行の有無を確認すべき地点ないしその手前において、二反田がいちはやく本件電車を発見し、あわててコンテナから手を離してしまつたため、本件事故が発生したものであるから、亡千葉の安全確認義務を云々する余地はない。

2  被告主張の弔慰金合計金一四万円を受領したことは認めるが、右弔慰金は、被告の援護及び見舞金等贈与基準規程第七条第一項の規定によれば、その性格は贈与であるから、損害のてん補とはなりえないものである。

第三被告の答弁等

被告指定代理人は、答弁等として、次のとおり述べた。

一  原告の主張一の事実中原告主張の日時に、本件線路上において亡千葉が本件電車に轢過され、腹部を切断されて即死したこと及び同項(一)の事実は認めるが、その余は否認する。

二反田が亡千葉とともに品川駅の五番線を横断した事実はなく、右両名は鹿間組とともに同線路の手前にある品川駅構内第三ホーム東京方しや断機(以下「本件しや断機」という。)付近までコンテナを運搬してきた段階で電車通過の安全を確認すべくコンテナを一旦線路の安全地内において待機したのであるが、何を勘違いしたのかしや断機付近に中腰の姿勢で待機していた亡千葉はいきなり単独で五番線にはいり込み、本件電車の接近に気付いた町田らが大声をあげてこれを制止したが、亡千葉はこれを聞きとれなかつたためか、五番線を横切つて本件線路を横断すべくかけ出したため、折から進行してきた本件電車の前部右側寄りに接触して轢過されたものである。

二  同二の事実中、二反田及び古渡が被告の職員であること、並びに被告の事業である振動試験を執行中であつたことは認めるが、その余は争う。本件事故の発生状況は、前記のとおりであつたから、二反田の過失を認める余地はない。本件通路が通行禁止となつていたのは、単に出勤あるいは連絡のため通行する場合であつて、保線作業及び荷物の搬入、搬出の際には当然通行を許されていた。また、多人数でなければ運搬できぬような重量物の場合ならともかく、本件のように作業上において通行を許されている通路を利用して二人で運搬できる程度の荷物を搬入又は搬出する場合には、あくまでも各人が指差確認によつて通行の安全を確認のうえ、線路を横断するよう被告による積極的な指導がされており、被告職員の間ではこれが習慣化されていたから、本件では見張りないし先導者を置く必要はなかつたものであつて、本件事故は専ら亡千葉が指差確認という安全のための基本動作を怠つたために惹起されたものである。

仮に、見張りないし先導者を置くべき注意義務があつたとしても、本件事故は、亡千葉が他の者の制止を振り切つて突然線路内に飛び出したため発生したものであり、たとえ見張りないし先導者がいたとしても、本件事故を防ぐことは不可能というべきであるから、見張り等の有無と本件事故発生との間には因果関係がない。

更に、本件においては、千葉組及び鹿間組に先行していた町田が本件線路を渡つた安全地内で自己の後方からくる両組を制止しており、実質的に見張りの役割を果たしていたのであるから、前記注意義務についての違反はない。

三  同三の事実中、原告が亡千葉の妻であること、及び原告主張の遺産分割協議がされたことは認めるが、その余は知らない。

四  同四の(一)の事実及び(五)中葬儀費の額を除く事実は認めるが、同項(二)及び(四)の事実は否認し、同項(三)の額は争う。損害額の算定は事故発生時を基準とすべきで、その後の物価変動、給与上昇等は考慮すべきではないから、各年の賃金センサスを引用した原告の逸失利益算定方法は失当である。本件事故発生が昭和四五年三月であることに鑑みれば、原告主張の慰藉料の額は高きに失する。また、被告が原告に支払つた葬儀費の額は、金二一万四八〇円である。

五  抗弁

1  過失相殺

仮に、事故の状況が原告主張のとおりであるとしても、亡千葉には本件事故発生につき、次の過失があるから、損害額の算定にあたつてはこれを斟酌すべきである。すなわち、重量物を運搬して線路を横断する際には、重量物の影響や通過する列車、電車等の風圧などで身体のバランスを失つて電車に接触する等不測の事故が発生する危険性が高いのであるから、このような場合には、列車、電車等の進行の有無を良く確認し、もし列車、電車等が進行接近してきたときには、線路から離れた安全な場所でこれをやり過ごすべきであるにかかわらず、亡千葉はこれを怠り、二反田とともに重量物を運搬してホームに停車中の横須賀線上り電車の前面を横切り、漫然と京浜東北線南行電車に接触する限界の位置まで接近した過失により本件事故に遭遇したものである。まして、亡千葉は被告に二三年間も勤務していた被告の職員であつて、このような場所における危険性を十分認識しているのであるから、亡千葉の過失は極めて大きいものというべきである。

2  弁済

被告は、原告主張の金員のほかに、被告の援護及び見舞金等贈与基準規程に基づき、遺族に対する弔慰金として原告に対し金一四万円を支払つた。したがつて、右金額は、原告の損害額から、控除されるべきである。

第四証拠関係〔略〕

理由

(本件事故発生の状況)

一  原告主張の日時に本件線路上において亡千葉が本件電車に轢過され、腹部を切断されて即死したこと、及び当時亡千葉が被告の研究所信号研究室に勤務し、原告主張のとおり、被告の職員古渡汪ほか四名と共に転てつ転換鎖錠装置振動試験に従事し、本件事故時頃右試験を終了し、試験用資材を収納したコンテナ二個(いずれも横八〇センチメートル、縦三八センチメートル、高さ三五センチメートル、重量約五〇キログラム)を千葉組と鹿間組が各一個ずつ本件通路を通つて運搬中であつたこと(請求原因一(一)の事実)は当事者間に争いがなく、この事実に、成立に争いのない甲第四号証、乙第一三号証ないし第一五号証、本件事故現場の写真であることに争いのない甲第五号証ないし第七号証、証人古渡汪の証言により成立の認められる乙第四号証及び証人野口義広の証言により本件事故現場の図面及び写真であると認められる同第五号証並びに証人古渡汪、同二反田暁生、同町田幸一、同鹿間政男、同牧田亘弘、同島田清次、同鈴木石雄及び同野口義広の各証言(証人鹿間、同島田及び同野口の各証言中後記措信しない部分を除く。)を総合すると、(一) 本件事故現場付近の状況は、別紙第二の見取図のとおりであつて、本件通路を海側(東側)から山側(西側)に向かい進行すると、品川駅第三ホーム東京方先端五番線側に接して、高さ一・一〇メートルの本件しや断機が設置されており、本件しや断機の一・五五メートル先に五番線、その前方、若干左に曲がり五番線から二・六五メートルの地点に本件線路が敷設されているところ、(二) 前示日時頃、千葉と二反田とは、本件通路を真横に並んでコンテナを運搬し、本件しや断機の手前に達したが、本件しや断機が施錠されていて開閉が効かないため、一旦、コンテナを路上に置き、身体だけしや断機をくぐり抜け、次いで、二人でコンテナをしや断機の下から引きずつて手前に出した後、コンテナを地上に置いたまま本件しや断機と五番線との間の地区内において、両名は五番線に並行にコンテナを間に置いて東京側に亡千葉が、横浜側に二反田が位置して並び、二反田が進路前方左右の確認を始めた瞬間(なお、当時、第三ホームには、五番線上に横須賀線上り電車が停車して客扱いをしていたが、二反田と亡千葉のいた前記地区内は、右電車が発車して本件しや断機前を通過しても、同地区内にいる人やコンテナにも接触することなく、右電車を安全にやり過ごせるだけの空間的余裕があつた。)、亡千葉は、何を思つたのか、突然五番線上に飛び出し、千葉組に先行して本件線路を横切り既に安全地内に待避していた町田が本件電車の接近に気付いて大声で叫んで制止したにかかわらず、そのまま本件通路上を走つて五番線を横切り、更に、本件線路を横断しようとしたため、本件通路上横浜寄り端付近において、時速約六〇キロメートルで進行してきた本件電車前頭部右側寄りに衝突し、即死するに至つた事実を認めうべく、証人鹿間政男、同野口義広の各証言及び原告本人の供述中右認定に反する部分は前掲認定に供した各証拠及び証人堀江良雄の証言に照らし、直ちに措信しえず、また、証人島田清次の証言及び乙第一六号証(島田清次の司法警察員に対する供述調書)中右認定に反する部分は、本件事故がほんの一瞬の出来事であり、島田が本件事故を目撃したのは、本件電車の運転手として時速約六〇キロメートルの高速度で走行していた本件電車の運転席からであることに鑑み、同人の事故状況観察の正確性は必ずしも期待し難いものとみられるうえ、叙上認定に供した各証拠に照らし、いずれも採りえないものというべく、その他右認定を覆すに足りる証拠はない。

(原告主張の被告の職員の過失の有無について)

二 原告は、本件事故は被告の職員である二反田又は古渡が被告の事業を執行するにつき、過失があつたことにより発生したものである旨主張するから、以下この点につき判断する。

1  叙上認定の本件事故発生時の事実関係、殊に本件事故当時における二反田の位置及び同人らが運搬していたコンテナを置いた場所、亡千葉の衝突に至るまでの動作及び同人の停止していた位置から衝突地点までの距離等に徴すると、本件事故発生につき二反田に原告主張の過失を認める余地はなく、他に二反田の過失を肯認するに足りる証拠はない。

2  次に、古渡汪の過失の有無について検討するに、証人古渡汪の証言によれば、古渡は、研究所から派遣された試験責任者として、研究所職員である亡千葉、町田、鹿間の三名を統括して前記振動試験の実施に当たつていたことが認められ、本件事故当時の試験用資材運搬作業が右試験に随伴するものであることは前記認定の事実から明らかであるから、同人は右運搬作業についても責任者として亡千葉ら作業従事者が安全に運搬できるよう配慮をなすべき地位にあつたものということができるが、以下に認定、説示するとおり、同人には本件事故の発生につき何らの過失もなかつたものと認めるべきである。すなわち、証人二反田暁生及び同牧田亘弘の各証言に弁論の全趣旨を総合すると、本件事故当時、本件通路は、一般人及び許可された場合を除き原則として自動車の通行が禁止され、本件しや断機もこれを規制する目的で設置され、平常は施錠されていたものの、被告の職員が重い荷物の搬入、搬出をする際に通行することは禁止されておらず、また、自動車で荷物を運搬しなければならない場合には被告の田町電車区の許可を得て本件しや断機の鍵を借り開錠してしや断機を通過することになつていたことが認められるから(この認定を覆すに足りる証拠はない。)、本件の場合において、コンテナを運搬するため本件通路を通行することは、被告から禁止されていなかつたものと認められるところ、証人二反田暁生の証言により本件運搬のコンテナと同じコンテナの写真と認められる乙第三号証、前掲乙第四、第一三号証及び成立に争いのない乙第一七号証ないし第一九号証並びに証人町田幸一、同二反田暁生、同牧田亘弘、同堀江良雄の各証言を総合すると、本件通路は、東海道線上り線、京浜東北線南行線と北行線及び山手外回線と内回線などを横断しており、本件事故当時の東海道線上り線と京浜東北線南行線の列車の往来の時間的間隔は四分ないし七分位で他の線路の電車の往来も含めると本件通路を横切る電車や列車の往来はかなりひん繁であり、また、京浜東北線南行電車などの下り電車は品川駅に入構するのに、本件通路付近を時速六〇キロメートルの高速で、しかも、見通しの悪い所から進行してくるのであるから、本件通路を利用して荷物を運搬する場合、十分な注意を払わないと、前示電車や列車に衝突、接触する危険性なしとしないこと、しかしながら、他方、本件事故当時、亡千葉と二反田の二人が運搬していた本件コンテナの重量は、前示のとおり約五〇キログラムであり、その両横側面に把手があり、二人一組でそれぞれ片手に提げて持ち運べるようになつているため、特に重くてコンテナの運搬に当たり、線路上でもたつくというようなことはもとより、その大きさからいつても本件通路を通行する際、線路の手前で左右の安全確認に支障をきたすほどのことはなく、本件事故当時、コンテナの運搬作業に従事していた者はいずれも被告の職員であつて、駅構内の線路横断の際の危険性を十分に承知していたものというべく、しかも、職員は被告から線路横断に際しては一線毎に左右の指差確認を行つて安全であることを確かめた後、横断することを安全確認の基本動作として指導を受け、職員間では右確認方法が実行されていたこと、以上の事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。しかして、叙上認定の事実に徴すると、本件コンテナの各運搬者ないし運搬組がそれぞれ、被告の指導のとおり、指差確認を行い、進路の安全確認をさえ怠らなければ、本件通路の通行に伴う前示の危険性を考慮に容れても、線路横断の際の危険性を十分に排除できたはずであるから、作業責任者であつた古渡汪が本件運搬作業の際に、殊更、見張りないし先導者を配慮すべき義務があつたものとは認められず、(なお、乙第六号証中勤務箇所長の意見は今後の事故防止対策上の意見であり、直ちに叙上認定を左右するものではない。)、したがつて、本件事故の発生につき、古渡に原告主張の過失があつたものということはできない。のみならず、前記認定の事実によると、亡千葉は、突然五番線上に飛び出し同人より先行していた被告の職員町田幸一が本件電車の接近に気付き大声で制止したにかかわらず、そのまま五番線上から本件線路に向かつて飛び出し、本件事故に遭つたものであり、このような事故発生の状況からみると、見張りや先導者の配置があつたからといつて、本件事故が避けえられたものとは到底認められず、したがつて、これらの者の配置の有無は、本件においては、事故の発生と何ら因果関係がないものといわざるをえない。

(むすび)

三 以上の次第であるから、原告の本訴請求は、その余の点につき判断するまでもなく、理由がないものというほかない。よつてこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条の規定を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 武居二郎 馬淵勉 信濃孝一)

計算書

(1) 昭和45年分(48才)

年収1,349,100円×0.6(生活費控除)×9/12(9カ月分)=607,095円

(2) 昭和46年分(49才)

年収1,517,100円×0.6×0.9523(ライプニツツ係数)=866,840円

(3) 昭和47年分(50才)

年収1,616,200円×0.6×0.9070=879,536円

(4) 昭和48年分(51才)

年収2,138,600円×0.6×0.8638=1,108,393円

(5) 昭和49年分(52才)

年収2,780,180円×0.6×0.8227=1,372,352円

(6) 昭和50年1月1日から14年間分

年収2,780,180円×0.6×(12.0853-5.0756)=11,692,936円

合計 16,527,152円

別紙第二 見取図

<省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例